長野地方裁判所 昭和42年(ワ)127号 判決 1968年5月15日
原告 今井つまさ
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 鈴木敏夫
被告 川中島自動車株式会社
右代表者代表取締役 宇都宮渉
右訴訟代理人弁護士 矢島武
主文
原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
一 原告らは、「被告は、原告つまさに対し金一三三万四八六〇円、同文人に対し金二七万二〇〇〇円、同とよ子に対し金一一万五二四〇円及び右各金員に対する昭和四二年九月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
1 原告つまさは、昭和四二年三月三日午前九時三〇分頃、高橋洋子車掌、小林幸光運転手の運転する被告会社の長野市から鬼無里行バスが上祖山停留所を発車した直後同バスから降りた際に、右バスによって左手足を轢かれ、困って左下腿開放性骨折、左手挫滅創外傷性ショックの傷害を負った。
2 原告等は右事故により左の如き財産上及び精神上の損害を蒙ったので、高橋洋子および小林幸光の使用者である被告はこれを賠償する義務がある。
(一) 原告つまさの損害について
(1) 原告つまさは、昭和四二年三月三日から同年六月二八日まで桑原病院に入院したが、重症のため附添看護人として、石坂小鈴を同年三月から六月まで三ヶ月半、岡村清子を同年三月四月の一ヶ月と一二日間頼み、その附添看護料として、月二万円の割合で石坂に七万円、岡村に二万八〇〇〇円を支払った。
(2) 附添看護人のバスによる通勤費として、石坂に一往復二八〇円として八二往復合計二万二九六〇円岡村に一往復一六〇円として三〇往復合計四八〇〇円を支払った。
(3) 附添人の布団代として五九〇〇円支出した。
(4) 負傷当時、病院までのタクシー代として三二〇〇円支払った。
(5) 原告つまさはこの受傷によって、長期にわたり手足に激痛あり死に勝る苦しみを味わい、今日なお歩行自由ならず味気なき生活を送っている。この原告の精神上の苦痛を金銭に評価すれば、慰藉料として金二〇〇万円を相当とするが、現在その内金一二〇万円を請求する。
(二) 原告文人の損害について
(1) 原告文人は、原告つまさの長男であるが、同人の負傷当時附添看護の為に一六日間、その後同人の歩行練習の為二〇日間休業せざるを得なかったことにより一日二〇〇〇円の賃金相当額合計七万二〇〇〇円の得べかりし利益を失い、右同額の損害を蒙った。
(2) 原告文人は原告つまさと同居しているものであるが、重症の母を看護し、その長期の激痛懊悩を見るに忍びず、多大な精神上の苦痛を受けた。よって、その苦痛を金銭に評価して金二〇万円の慰藉料を請求する。
(三) 原告とよ子の損害について
(1) 原告とよ子は、原告文人の妻で本件事故当時月平均二〇日間は一日八〇〇円の賃金で働きに出ていたものであるが、原告つまさが本件事故により入院して子供の世話をする者がいなくなったため働きに出ることが出来なくなり、昭和四二年三月から九月まで七ヶ月間一ヶ月一万六〇〇〇円の収入に相当する得べかりし利益を失い、右同額の損害を蒙った。
(2) 原告とよ子は、原告つまさの入院中、自宅から病院までバスで八一回往復した。右バス代一往復四〇円であるから、合計三二四〇円のバス代を支出した。
(四) そこで、被告は、原告つまさに対し金一三三万四八六〇円同文人に対し金二七万二〇〇〇円同とよ子に対し金一一万五二四〇円及びこれに対する昭和四二年九月二五日付準備書面送達の日の翌日たる昭和四二年九月二九日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
二 被告は主文同旨の判決を求め、請求原因事実中原告ら主張のような事故があったことは認めるが、原告つまさの受傷の詳細は知らない、その余の事実はいずれも争う、と答弁し、抗弁として、次のとおり述べた。
1 被告に、本件自動車の運転者たる小林幸光の選任監督について過失はなく、また小林は本件自動車の運行に関して、注意義務を怠らなかった。
2 本件事故は、専ら被害者たる原告つまさの一方的過失によって生じたものである。すなわち、原告つまさは、上祖山停留所で本件自動車から一旦下車したが、同所で乗車した客が知人であることに気付き、高橋車掌が荷物を降すべく下車した隙に乗じ、同人に無断で再び車内に乗り込んで右の知人と話し合っていたところ、高橋の発車合図に驚き、同人の停車の合図と同時に突如同人の腕の下をかいくぐって進行中のバスから飛び降りたものである。而して、原告つまさは、本件事故現場が道路の両側に除雪された雪が寄せられており、有効幅員約三米という状態であって、しかも本件自動車の乗降口に面した道路左側は石垣が築かれているので、同所附近で安全に乗降できる場所は本件自動車が最初に停車した階段のある一箇所しかないことを十分認識しながら、走行中のバスから飛び降りたのである。また、高橋車掌は発車に際して乗降口に立っている原告つまさの身体に妨げられてドアが完全に閉らないので、左手でドアをできるだけ閉め、右手で原告つまさの肩を押えて安全を確認しながら発車の合図をしたものであり、小林運転手も右発車合図に応じて本件自動車を発進させたものである。
3 本件自動車には、構造上の欠陥機能上の障害はなかった。
三 原告らは、被告の抗弁事実を否認した。
四 証拠≪省略≫
理由
一、昭和四二年三月三日午前九時三〇分頃、被告会社の小林幸光運転手、高橋洋子車掌の運転する長野発鬼無里行バスが、上祖山停留所を発車して直後、同バスから降りた原告つまさの左手足を轢く事故を起したことは、当事者間に争いがない。
二、被告は、右事故は専ら被害者たる原告つまさの一方的過失によって生じたものであると抗争するので、まずこの点について判断する。
1 ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。
原告つまさは上祖山停留所において前記バスを下車したが、たまたま同所で右バスに乗車した山口袈裟野に会い、鬼無里村に居るつまさの娘に伝言を依頼すべく、再びバスに乗込み、乗降口(ステップ)に立ったまま右山口に話しかけていたところ、同停留所附近の商店に物品の託送を依頼されてバスを離れていた高橋洋子車掌がバスに戻って、小林幸光運転手に発車の合図をするとともに、右手で原告つまさの右肩をつかみ、左手で乗降口のドアを閉めようとしたが、原告つまさがステップに立っていたために同人につかえて閉めることができなかった。ところが、バスが進行し始めて直後、原告つまさが「おれは向うへ行くんでない。降りるんだ。」と叫んでステップの段を降りかけたので、高橋車掌が直ちに停車の合図をしたが、原告つまさはバスが停車しないうちに肩を押えていた高橋車掌の手をくぐり抜けて、閉めかかっていたドアの隙間から車の進行方向に向ってバスから飛び降りた。小林運転手は直ちに車をとめたが、一五キロメートルの時速で発進していたため数メートル進行して停車した。ところで、当時同停留所附近は道路端に雪がかき寄せられていて道幅はせまく、かつ積雪面は傾斜して凍っていたため滑りやすい状態になっており、このことは当時原告つまさも認識していたのであるが、バスから飛び降りた原告つまさは滑ってバスの下に顛倒したために車輪に轢かれて本件事故を起したものである。
≪証拠判断省略≫
2 右認定の事実によれば、本件事故は専ら被害者原告つまさの一方的過失により生じたものと認めるべきである。すなわち、前記認定の状況のもとにおいては、高橋車掌が発車に際して乗降口のドアを閉めえなかったことは業務上の過失とはいいがたいばかりでなく、本件事故の発生は、右のドアを閉めきらなかったことによってではなく、むしろ積雪のため幅員がせまくなっている道路を車が進行中にも拘らず車掌の停車の合図をも聞かずに狼狽して車から飛び降りた原告つまさの軽卒な行為に専ら基因するというべきである。他方、小林運転手についてみても、前記認定のような状況のもとにおいては、一応乗客の乗降が落着したとみられるから、発進に際してなお車内の乗客の動静に注意しなければならない義務はないといわなければならないし、車掌の停車の合図に応じての措置にも過失を認むべき所為はない。
三、なお、弁論の全趣旨によれば、本件自動車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことが認められる。
四、叙上判示のところからして、原告つまさの本件事故による受傷については、被告に損害賠償義務はないものと認めるべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴各請求はいずれも理由なきものとして棄却すべく、民訴法八九条九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西山俊彦)